人生に夢や目標がなくて苦しんでいる人へ

夢や目標なんて
要らない

「あなたの将来の夢は何ですか?」

僕は、この言葉をずっと
呪いのように感じてきた。

進学先を決めるとき、就職先を決めるとき、
周りの同級生は早くも
自分のやりたい事を見つけていて、
そのために充実した毎日を送っていた。

一方の自分は特にやりたいことも見つからず、
毎日グータラ生活でゲームばかりしていた。
自分のやりたいことを探さなかったわけではない。
どれも興味を持てなかった。
これは自分には合わない、
できないと決めつけて諦めてきた。

いわゆる現実逃避だ。
周りと比べるのが怖かったし、
できない自分でいることに劣等感を感じていた。
毎日、呪いのように頭の中で
「あなたの将来の夢は何ですか?」という言葉が鳴り響いていた。

肝心の進学先就職先は潰しが効くからと、
まぁまぁの高校・大学に進学し、
まぁまぁの就職先に入ったが、
どれも本当につまらなかった。
ただ与えられた何かをやる毎日
決して自分の人生を生きているという
実感はなかった。
何となくもっと自由に楽しく生きたいと願っていた。

人はどうしても人生において
何か得ることに執着してしまう。
年収、素敵なパートナー、高級車、立派な家、SNSのフォロワー、羨むほどの容姿…。
そして、人生の目的でさえも欲しがる

でも、得ることには終わりがない
一つを得ると、また次と目標を立て、無限に欲望が尽きるまで欲に忠実に、何かを欲して生きることになる。

目標を立てることや夢を持つことは、
現代社会では美徳とされていて、
眩しくて尊く、努力をする者は賞賛される。

世間では、夢や目標を追うことが人生のテンプレになっていて、誰もそれを疑わないけれども、
それは成功者のサクセスストーリーに魅せられているだけで再現性がない

世界一の野球選手を目指したところで、
その席に座れるのは世界に一人しかいない。
綺麗事をいくら並べたって、環境次第で、
天才も花を咲かせずに散っていく。

夢や目標を追うことが悪いことだとは思わないが、
夢や目標が多くの人生を
辛く苦しいものにしているのも事実だ。
夢を叶えようと必死に努力しても届かない苦悩
逆に、夢を持たないまま
無気力に生きていく不安焦り
夢や目標は人を惑わせ苦しめる。

仏教には、執着を持つことが苦しみの原因であり、
特定の対象や結果に執着しないことが、
心穏やかに生きるために必要であると説いた
無執着」という言葉がある。

その言葉に則れば、夢や目標を手放すことで、
夢や目標に執着して苦しんで生きずとも、
人生の価値を日々に見出すことができる

例えば、
野球選手になることを夢や目標にせずに、
毎日野球をすることを楽しむこと。
ミシュランの星付きレストランのシェフではなく、
毎日の料理を楽しむこと。
億万長者ではなく、
毎日上手に安くショッピングすること。
お笑い芸人ではなく、
毎日周りの人達を笑顔にすること。

誰かと比較しなくたって、
プロや一流に成れなくたって、
何者にも成れなくたって大丈夫。

だって、
野球することが楽しいから野球選手を目指したのに、
いつの間にか野球選手になるために野球をやっているように、
夢や目標に日々の価値を奪われてしまうから。

夢や目標には本質的な価値はない。
そこに向かう過程である
毎日にこそ価値がある。

親や大人達から将来の夢は何かをしつこく聞かれるもんだから、
いつの間にか、夢は人生に絶対必要なものと思い込まされてきた。

でも、今ではこう思う。
夢や目標なんて要らない。
夢や目標を肯定してまうと、
達成できなかった哀れな自分に嫌気がさして、
自分の人生にケチをつけることになってしまう。
ならいっそのこと、
夢も目標も未来も過去も全て捨てて、
今この瞬間を楽しんで生きれば良い。

それは別に人生に対する諦めでも妥協でもない。
何者にもなれない自分を肯定して、慰めるためでもない。
夢や目標に執着して今を楽しんで生きていないなら、
死んでいるのと同じではないか?

でも、「今を生きる」という言葉は、抽象的すぎてよくわからないと思う。
私もそう思ってこれまで生きてきた。

でも考えてみたら簡単だった。
過去も未来も捨ててしまえば
残るのは今だけ
つまり、今を生きるというのは、
過去に縛られず、未来を憂うことのない生き方のことなんだと気づいた。

過去も未来も今この瞬間には存在しない。
自分の脳が記憶から映し出した虚像に過ぎない。
それを再生するも、停止するのも自分次第。

つまり、再生をコントロールさえできれば、過去も未来も捨てることができる。
深く空気を吸い込み、呼吸に集中する。
膨らむ肺と流れる血に意識を向わせ、頭の先からつま先まで感覚を研ぎ澄ませる
すると、ついさっきまでの嫌な出来事も記憶から霞んでいく。
漠然と考えていた将来への不安も、なんとかなるような気がしてくる。

これは瞑想の一種だ。
瞑想は、数千年前から今に残る、歴史を超越したチートスキルだ。
少し前までは宗教くさい、インチキ健康法だと勘違いしていたが、
どうやら、試してみると、ただ意識が高いだけの健康法ではないようだと感じている。

デタラメだと判断する前に、
しばらく習慣として試してみてほしい。

残念ながら一回やっただけでは、
その効果は実感できないと思うが、
しばらく継続していると、
確かに効果を実感できると思う。

しかも、いつでもどこでも出来るし、
お金も一切掛からない。
誰にも迷惑も掛からないし、
絶対に損することはない。

強いて言うなら
酸素の無駄遣いになるかもしれないくらいだ。
やらない理由がない。

長くなってしまったから、
最後に言いたいことをまとめる。

夢も目標も要らない。
瞑想して呼吸に意識を預けよう。
過去も未来も捨て去って、今に集中しよう。
気持ちいい朝、心地よい風、澄んだ空気、大切な人との会話、美味しい食事、
今を成す全てを五感で感じて、今に感謝する。

それだけで
今この瞬間から幸せになれる。

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